BG学園物語 



 <昼休み 3





〜午後 1〜

(もう一台!)
・・・B.Rが謎の白いNSXと同じコースを5周ほど回ったころだろうか。
あまりの速さに舌を巻きつつ、懸命にアクセルを踏んでいると、ルームミラーにもう一台、脇から新たな車が飛び出してくるのが見えた。
あの車には見覚えがある。背筋が一気に凍った。
(冗談!? この状況を教師が止めないで、あおってどーすんだよ!?)
一瞬頭の中で叫んだが、いよいよ気が抜けないバトルになったと悟ったB.Rは、必死になって前を走る白いテールを追いかけた。
かつてない集中力でこの時B.Rは自分のベストを上回る走りをしていたのだが、そのことにすら気付く余裕はなかった。
三台は縦に並走する形になったが、そのバランスはそれほど長続きしなかった。まさかこんな真剣バトルを長時間やると考えていなかったB.Rのエボ7は、昼休みに走る分の燃料しか残っていなかったのである。ランプが点灯し始めたのを見て、B.Rは心の底から舌打ちした。
一番先にこの争いから脱落するのはとても悔しいのだが、それ以外の選択肢はない。ハザードをつけて後方の車へ離脱の合図をする。
ホームストレートで脇に寄り減速した瞬間、隣を一台の車が駆け抜けてゆく。サングラスをかけたドライバーが、追い抜く際にグッドジョブのサインをしているのがわかって、思わず苦笑いした。
駐車場に入れて一息つくと、どっと疲れが襲ってきた。
コースで残った二人がどんな走りをしているか気にならないといえば嘘になるが、何かもう充分満足した気もする。
B.Rはベルトを外すことも忘れて、シートにもたれかかったまましばらく微動だにせず息を整えていた。
コンコンと窓を叩く音がする。ドアを開けるのも億劫だったので、鍵だけ開けて放っていたら、外側から運転席のドアが開いた。
「・・・大丈夫か?」
エスオーが固い表情で尋ねた。飲み物を差し出してくれるのがありがたかった。
「さすがに、きつい・・・」
そう呟いて、ポカリを一息に飲み干す。遠くに歓声が聞こえた。さっきまであの喧騒の中心にいたはずなのに、何かとても人事のような気がする。
それでも、後ろを追いかけたあの車の走りは目に焼きついて離れなかった。
そんな友人の姿を見ながら、エスオーと桜葉は異口同音に呟いた。
「普通はあんなに食べてから、あんな走りしちゃ誰だって苦しいぞ」
とは言うものの、二人は今日のB.Rの走りには本当に舌を巻く思いだった。脇で見ていてもあのNSXの走りは圧巻なのに、決して遅れずに食らいついていたのだ。
その時。歓声とは違う、観客の爆笑が三人の耳に届いた。
雰囲気にそぐわない空気に、B.Rは思わず疲れも忘れて二人と顔を見合わせた。
「?」
「なんだろう?」
「・・・さぁ?」
三人はそろって首を傾げた。



「げっ、生活指導の魔王GTR先生だっ!」
生徒の一人が、校舎から歩いてくる人影に気づいて思わずそう叫ぶと、たちまち生徒たちの間に戦慄が広がった。
何か手に大きな布みたいなものを抱えているが、雰囲気がすでに怒っている。もう彼の周りを取り巻くオーラが、揺らめいて見えてきそうなほどだ。
校舎へは一本道なので、すれ違うのを覚悟して校舎に逃げ戻ろうとする勇気ある生徒はいない。その空気に触れた途端あっけなく蒸発してもおかしくないと、皆かなり本気に思った。
彼と一緒に、もう一人。背の高い女性が言葉を交わしながら歩いてくる。影ではスケ番とまで呼ばれる国語教師ユキだ。
魔王GTRの空気がブラックホールに例えるとするならば、こちらはさしずめ研ぎ澄まされたカミソリとでも言うべきか。ヒールがいつもより1センチほど高いだけで、こちらも妙に恐く見えるのはなぜだろう。
そんな二人が真っ直ぐコースに向かってきて、生徒たちは自然に通路を開けた。無言で開けざるを得なかった。
ところが教師二人は観客である生徒たちには何も言わず、ずんずんとコースに向かって歩いていく。
未だバトルをやめようとしないドライバー連中に用がある、ということがなんとなく飲みこめ、生徒たちは思わず校舎へ退散するのも忘れて成り行きを見守ってしまう。
魔王GTRの抱えていた布が、コースを走ってる者から見えるようにばっと広げられた。そこに殴り書きされた大きな文字に、全員の視線が集中した。

『二 人 と も い い か げ ん に し な さ い』

「なんだそりゃ!?」
ずっこけながら口々に叫んだ生徒たちは、次の瞬間、目の前を通過した二台からクラクションで返事が返ってきたので、これにはたちまち爆笑が会場を覆った。



・・・さて、その周回こそ二台は走り続けたものの、更に一周してきた二台は、今度こそどちらもテンションを落としてストレートに侵入してきた。
落ちついたエンジン音に、なぜか生徒たちのほうが安堵の息を吐く。
ドライバーたちは、さすがにこれ以上、二人の教師の制止を無視するつもりはなかったようである。
生徒全員が固唾を飲んで見守り、魔王GTRとユキが仁王立ちする眼前で、二台は並んで停車した。






>>「午後の授業」はみんなちゃんと受けられるのか?



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