BG学園物語 



 <三講目:音楽





〜昼休み 1〜

午後一時。
院生ユラは、次回の学会用の資料をまとめるのに、ここ数日図書室に入り浸っていた。
この学園はさまざまな専門書も取り寄せてあり、一般書も一応取り扱ってはいるものの、蔵書の半分以上は車関係で占められている。
なぜかコミック本まで揃っているあたりが、BG学園らしいといえばらしいのかもしれない。
校舎のどこにいても車のエンジン音が聞こえてくる学園にあって、音楽室とここだけが防音になっているため、
ユラのように論文をまとめたりするなど、紙とペンでの作業を進めたい者たちにとってはうってつけの場所だった。
図書室は視聴覚室、小会議室と部屋続きになっており、DVDなどのデジタル資料も数多くあるほか、インターネットで検索するためのIT設備まで完備されている。
ユラはパーティションで仕切られた一台のパソコンを使用しながら、資料や文献をその側に山積みにさせて研究に励んでいた。
「そろそろ昼か・・・」
呟いたユラはモニターから視線を外して、席に座ったまま大きく伸びをした。集中しすぎてて、いつの間にか正午を回ってしまったようだ。
教授の研究室で仕事をするのも良いが、正直教授の部屋は座って物を書いたりノートパソコンを置く場所を確保するだけでも一仕事だ。
話をしながらの研究は楽しいので日ごろはそちらにいるが、たまにはこう贅沢にスペースを活用して、伸び伸びと仕事をするのも悪くない。
とその時、膝を机の端にぶつけて山積みになった資料がぐらっと傾いた。
これだけの書類をばら撒いてしまったら、静かな図書室内でさぞや派手な音が響くだろうし、集めてまとめるのもひどく大変な作業になるに違いない。
ユラは資料が雪崩うつ直前でなんとか押さえこんだ。ほっと一息ついたら、その側に置いていた携帯のランプがタイミングよく点滅しているのを見つけた。
・・・場所が場所なので着信音は切っていたのだが、どうやら誰かからメールが届いたようである。
「・・・静瑠からだ」
静瑠とはこの学園の事務員のことで、ユラとはこの学園の同期で付き合いはかなり長い。学園を修了してからも、何だかんだ言って学園に居座り続けている二人だった。
件名は“!”というなんともあいまいな表記だった。これまで作業に没頭していたユラは、あまり気の乗らない表情で本文を開いた。
開きながら、昼ごはんは何食べようか、などとのんきなことを考えて・・・液晶を見つめた動きが、ぴたりと止まった。
『7番で非公認マジバトルやってます。まずいですよあれは!』
「・・・は?」
間の抜けた声が、思わずこぼれ出た。
BG学園では敷地内にあるコースを使ってバトルをすることは、基本的に禁止されていた。各コースを管理する教師の立ち会い、もしくは事前の申請が必要になる。
何せ血気盛んな生徒たちだ。安全管理なしでヒートアップしたらどんなことになるかは火を見るより明らかであり、それゆえの校内規定であった。
(・・・誰なんだろう?)
返信のボタンを押しかけたが、携帯を片手にしばし沈黙する。やがてユラはおもむろに席を立った。
「・・・ユラさん、どうしましたか? ユラさん???」
図書委員としてカウンターにいたさくやんが、いつもは冷静沈着なOBの、ただならぬ空気にそう声をかけた。
ユラはその呼びかけには答えず、携帯をそのまま胸ポケットにしまいこんで図書室を後にした。
自然に早足になっていることすら、彼自身気づかないままに。





少し時間をさかのぼること、正午の教室にて。
「さーて昼飯昼飯」
弁当を広げたり学食のメニューを話し合ったり、独特の喧騒に包まれた昼休みの始まり。
その中で学園三回生のある一団は、いつもの光景に苦笑いしていた。
「B.R君、昼休みの意味わかってる?」
「ん?」
エスオーは席に着いたまま後ろを振り向いて、目の前に散らばったパンの空袋に呆れながらそう尋ねた。
彼は口にパンを次々と放りこみながらきょとんとした目で、無邪気に見返してくる。彼が担当している中庭のウサギのつぶらな瞳と、重なって見えるのはなぜだろう。
まだ昼休みが始まって5分とたっていないが、食事タイムが早くも終わりそうなのでついそう言ってしまった。エスオーに限らず、誰だって言いたいに決まってるのだが。
2講目の後、フライングで買出しに行くのはB.Rの日課だった。食べる量もかなりのもので、5個くらいはぺろりと平らげてしまう。
この日もツイストドーナツ、フレンチトースト、ツナサラダサンドイッチをすでに腹の中に納め、目の前には「これからまだこれを食うのか!?」と思わしめる購買名物特大ヤキソバパンが、でん☆と鎮座していた。
身の回り(主に食べたパンの袋)を片付けて、B.Rはそのヤキソバパンを勇ましく握り締めて立ち上がる。腰には鍵束がぶら下げられていた。
「また“7番”行くのか?」
その問いにVのサインで返したB.Rは、歩きながらヤキソバパンを食べつつ、教室を出て行った。
後姿を見送ったエスオーと、近くにいた桜葉が苦笑いする。
まあよく食べるな、というのが一つ。あれだけ食べてこれから走るのか、というのが一つ。・・・しかもそれがなぜ“7番”なんだろう、あんなヘビーすぎるコースを。
疑問と呆れとほんの少しの賞賛を含めて、彼らは苦笑いしたままお互いの顔を合わせた。今更考えても仕方がないので、エスオーは気持ちを切り替えて立ち上がる。
「さ、俺たちも昼にしようぜ」
「エスオー、今日は購買行く?」
「ああ・・・今日は購買、うごが立ってるはずなんだ。今年に入って係に当たったらしくて・・・エプロン姿で購買の窓口に立ってるの、意外と似合ってるんだよなぁ」
「あ、それ僕見てないや」
そう言った後で、桜葉はぷっと吹き出した。どうやら“その姿”を想像したらしい。
「だと思った。お前学園来るのが気まぐれだからな」
「なんだよ・・・そんな面白いことがあるなら、もっと早く教えてくれって」
「まあまあ。とりあえず、メシ買いに行かね?」
「なんか目的違う気もするけどね・・・・・・・・・・もちろん♪」






>>昼休みは続きます



文芸部室はこちら