BG学園物語 



 <ニ講目:歴史





〜三講目:音楽〜

「七瀬家先生」
生徒に呼ばれて振り返った音楽教師は、にっこり笑うと「どうしたの?」と優しく返事をした。

音楽担当、七瀬家。モデルばりの長身細身、その優しげな雰囲気と容貌は生徒たちに抜群に人気が高く、一部では「七瀬お姉さま」と言われて親しまれている。
ピアノの腕も抜群で、Feel The Noiseなどのピアノソロ部分なんかはもちろん、バトルギア関係の曲のほとんどのメインメロディーは自らのピアノアレンジで演奏できるほどである。
今一人、女性教師として某国語担当がおり、七瀬家教師とは姉妹のように仲が良いことでも有名だ。
なおその国語教師のほうはなぜか一部では「姉御」と呼ばれており、この差が意味するところは本人にはわからず、いつも首をかしげている。
しかもなにやら他にもいろいろとあだ名があるらしいのだが、おそらく知らぬは本人ばかり。きっと知らぬが花、ということなのかもしれない・・・なんか癪に障るw
「ん? お姉ちゃん、何か言った?」
七瀬家がどこからともなく聞こえてきた声に思わず辺りを見回すが、どうやら空耳だったようだ。
改めて、自分に話しかけてきた生徒に視線を戻す。生徒会長でもあり、ドラム愛好会会長でもある竜騎兵君だ。
音楽の時間に先立ち、少しでも早く来て音楽室のドラムを触りたかったのだろう。その腕前は申し分なく、軽音部や外部のバンド友達からはヘルプの依頼が後を絶たないらしい。
次が音楽という時間になると、必ず休み時間と同時に音楽室にダッシュしてくるため、それを知っている彼女はこうして音楽室の鍵を開けに早めにやってきたのだった。

やがて続々と生徒たちが集まってくる。軽音部長のHAGI君は、竜騎兵君がドラムを演奏しているのを見て今日も熱心に勧誘しているようだった。
そうこうしているうちに始業チャイムが鳴った。各々の時間を過ごしていた生徒たちは席に着く。
「じゃあ今日の授業は、バトルギアの各テーマ曲とコースやコーナーとの関わりについて考えてみましょうか」
七瀬家はそう言って、スクリーンに一つのコースを映し出した。峠の一本道。生徒たちのほとんどがすぐに「弩級だ」「秋名だね」と頷きあう。
「ここのテーマ曲がBlack desireなのは言うまでもないわね。あなたたちがこの曲で特に覚えているフレーズって言ったらどのあたりかしら?」
みんながそれぞれ頭の中でメロディを再生しているようだったが、やがて口々にあーだこーだと言う内容には多くの生徒たちで食い違いが出ており、活発に議論が繰り広げられた。
七瀬家は一人ほくそ笑んだ。そう、実はそれが正しいのだ。
「中盤のサビの部分だと思う人」
はい、と数人が手を上げる。
「メインメロディだと思う人」
はい、と別の数人が手を上げる。
「1フレーズ終わって、メインメロディに戻るまでの間奏だと思う人」
これまた、別の数人が手を上げる。その的確な指摘に、意見がバラバラだと思っていた全員が目を丸くした。
「ようするに、こういうことよ」
教室の端に備え付けてある筐体を起動したのを見て、生徒たちの間に歓声が上がった。先生がなんと実演してくれるらしい。
七瀬家先生のバトギの腕は、幻と呼べるほどの力量だということは生徒たちの間でもっぱら評判だった。
その生の走りが見れるとわかって、生徒たちは一気に筐体に群がった。少しでも見やすい場所を確保しようと互いに押し退けあう。

と、その時。

ガラっ
「・・・ちぃーっす」
「出たっ、遅刻常習犯!」
当たり前のように教室に入ってきた生徒、ケイシュを見て、先ほどとは別の意味で教室中がざわめきたつ。
七瀬家は笑顔を浮かべて生徒を迎えた。
「あらおはよう、ケイシュ君。もう三時間目だけれど?」
「う"っ・・・」
その微笑みになぜか嫌な予感を覚え、ケイシュは扉の前で立ち尽くしてしまった。
七瀬家先生=優しい音楽教師、そういう情報がインプットされていたのでこの時間に適当に登校したのだが、その妖気のような気迫に何か大きな間違いを犯したような気がして、彼は引きつった笑いを浮かべながら一歩後ずさる。
つかつかと近くまで歩み寄って七瀬家は再びにっこり笑い、それはそれは丁寧に入り口の扉を閉める。
鍵こそなかったが、無言のうちに「逃げることはしないよね?」という風に釘をさされたような気がしてならない。
「とりあえず、今日の授業はそこに立っていてね」
そう間近で言われて、ただ頷くだけしかできないケイシュは、心の隅で
(女教師の時間に遅れることはやめておこう・・・恐い。なぜだか知らないけど恐すぎる)
といまさらな決意を新たにしたのであった。・・・それがどれだけ手遅れだったか、彼は後ほど嫌というほど思い知らされるのだが。



SクラスとCクラスの二台で走りを披露してもらった生徒たちは問いの主旨を理解し、理想の走りをした時の、よく聞こえてくるフレーズに作曲者の細かい配慮がなされていることを知った。
またその見事な走りに惜しみない拍手を送り、授業の残りの時間は七瀬家のピアノ生演奏を堪能したのであった。



授業を終え、口々に「楽しい授業だったねー」と言い合いながら教室を去ってゆく生徒たち。
残されたのは、遅刻してきた一人の少年。生徒の一人がどこか同情の表情を浮かべて彼の背中をぽんと叩き、「がんばれよ」と言って出て行ったのが、ケイシュにはひどく気になるのだが・・・。
「さて」
いったいどんな話が待ち受けてるのだろう。七瀬家はおびえる生徒を落ち着かせるように、いつもの優しい雰囲気を少しも変えないで、一本の鍵を持ち出した。
「楕円、15秒台で許してあげるわ。がんばってね」
「え"」
そう言って七瀬家は鍵を生徒の手に握らせ、音楽室を出ていった。・・・あろうことか、外から鍵をかけてしまったではないか。
「え、おい、ちょっと待て!」
ガチャリ・・・ピッ、ピッ・・・
扉の鍵を閉める音と、謎の電子音が聞こえた。
「♪」
去り行く背中が、心なしか嬉しそうに見えるのはなぜだろう。
すっかり人気のなくなった廊下を窓越しに眺め、ダメとは思いつつ、ガチャガチャと扉を手当たりしだい引いてみた。もちろんびくともしない。
と、扉の一部に液晶パネルが取り付けてあるのに気がついた。パスワードか何かでロックしたのだろう。こうなったら手当たりしだい番号打ち込んでみようか・・・そう思って見やったパネルに、何かが表示されている。その内容を見て、ケイシュは愕然とした。

『単発目標タイム 2'15'999 目標まであとX'X"XXX秒』

楕円15秒台。
それがどんなタイムか、ケイシュはこれまであまり楕円を走ったことがなかったが、一つ知っていることがあった。
超初級で15秒台を達成している車はたった二台しかないはず。速い車を使ったら簡単にクリアできるような、そんな生易しい課題ではない。
手元に残された、ラベルのない一本の鍵を見つめる。
起動されたまま置き去りにされた筐体を見つめる。・・・そこでコンセントでもネットケーブルでもない、謎の線が一本繋いであるのを見つけた。
壁を張っている配線を視線でたどると、目の前の扉の隅にそれは繋がっている。・・・少年は事態をようやく飲み込んだ。
10秒ほど沈黙があたりを包み、次の瞬間。
「・・・・・・・そんな電子ドア作るなアホーーーーー!!!」
絶叫が、防音の部屋に吸い込まれて消えていった。





音楽室内になぜかトイレが備え付けてある理由。
そして、音楽教師七瀬家がなぜか「天使と悪魔」の二つ名を持つ理由。

それは、音楽室の秘密を知ってしまった者にしかわからない。







>>次の時間は「昼休み」です



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